Colombia×Japan Contemporary Art "Today"
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コロンビア×日本 「現代アートToday展」
主催:PROMO-ARTE
会場:PROMO-ARTE Project Gallery and Latin American Art Lobby
開催期間:2008.10.25(土)〜11.04(火)11:00〜19:00 月曜休廊
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東京都渋谷区神宮前5-51-3
ガレリア2F
プロモ・アルテ
tel.:03-3400-1995
e-mail: info@promo-arte.com |
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コロンビアと日本の修交100周年という記念すべき今年、コロンビアと日本の傑出したアーティスト7名によるグループ展が日本で実現いたしました。作品の形式もカリグラフィー、油彩、彫刻など様々です。
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会場風景
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会場風景(中央:グスタヴォ・ヴェレス)
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会場風景(渡邉貴裕展示作品一部)
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会場風景(佐藤啓幽展示作品)
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会場風景(ダリオ・オルティス、カルロス・サラス)
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会場風景(湯川隆、ダリオ・オルティス)
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会場風景
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会場風景(神津善之介、カルロス・サラス)
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会場風景
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会場風景(カルロス・サラス展示作品一部)
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会場風景(湯川隆、他)
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出展作家
■Carlos Salas(カルロス・サラス)
■Dario Ortiz(ダリオ・オルティス)
■ Gustavo Velez(グスタヴォ・ヴェレス)
■佐藤啓幽(さとう・ひらく)
■湯川 隆(ゆかわ・たかし)
■神津善之介(こうず・よしのすけ)
■渡辺貴裕(わたなべ・たかひろ) |
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■日本コロンビア修好百周年記念展「コロンビア×日本・現代アートToday展」
加藤薫 (中南米美術研究者:神奈川大学教授)
日本とコロンビアの修好百周年を記念して開催されるコロンビア×日本・現代アートToday展に4人の日本生まれの美術作家が参加する。すでに両国でなじみのある作家というわけではなく、次の百年の間に両国の文化交流の架け橋になるだろう、いや、なってもらわねばならない作家たちだ。すでに国際経験のある4人だがコロンビアではどのように受け入れられるか興味深い。
最年少の渡邊貴裕(1973年:東京生まれ)は、武蔵野美術大学大学院日本画コース修了後イタリアに渡り、2001年よりローマ市を拠点に活動している。渡邊は”Disordinato”(「混沌」)が指標となり、ある場のカオスは別のある場(作品)の「凛」となるとしている。作品には女性主題にものが多いが、渡邊は女性の感覚的に「混沌」の中から背筋をのばして(即ち「凛」として)好き嫌いを判断してゆく選択能力の高さに敬意をもっているからだ。人間の内なるカオスと日常生活を含めた外部のカオスの接点で見出せる、ある確かなものが作品化されている。日本現代美術の言説となったスーパーフラット的な表現から抜け出し、別次元の平面表現をめざしている。
神津善之介(1972年:東京生まれ)は武蔵工業大学を中退後スペインで美術教育を受け、現在はマドリッド市内にスタジオを持つ。「モノトーンの陰影を活かした叙情的リアリズム」などという使い古された言説ではくくりきれない、事物の記憶の表象が作品から立ち現れる平面は印象的だ。それは時間の経過と共に見えては消える表相の変化の認識と、それにもかかわらず鑑賞者が見ているものが何であるか認識できる確かな記号性の確認という作業を同期させている。確かな技術に裏打ちされた端正な画面構成によって私たちは時間と場に左右される視覚記憶の確かさとあいまいさを同時に再認識させられる。
すでに2007年のメデジンやトリマにおける展覧会でコロンビアの人々にも知られている彫刻家・湯川たかし(1961年:東京生まれ)は、多摩美術大学大学院修了後、2001年からイタリアに渡り、ミケランジェロの時代から有名なピエトラサンタで石彫を学んだ。同じくピエトラサンタで修行してきたコロンビア人グスタボ・べレスと親交を結んでいる。自己の感性に適合した素材と技法の模索から、着彩テラコッタと木彫(欅)の組み合わせによる立体像に到達しているが、このタイプの作例は世界でも珍しい。「現代ナイーヴ風」とでも形容できる静謐で汚れのない透明感と美しく滑らかな曲線には眼も心も癒される。
佐藤啓幽(19xx年:XX生まれ)はダイナミックで表現的な現代書道の世界を切り開いてきた。その作品は単なる墨による文字の再現でなく、リズム、律動感、香り、触感などジャンルを超越した芸術要素を総合した創造物となっている。鑑賞者は文字が生命ある「かたち」に脱皮する現場に立ち会うようなスリルを味わうことだろう。そして佐藤はより確かで本質的な「かたち」を求め続け、漢字の原形ともいえる甲骨文字から幾何図形まで猟歩する。アルファベットとは異なり、表意文字として発展してきた漢字の歴史や宿命、あるいは表意文字であるということを前提に発展してきた「書」の世界を脱構築する意思に満ちている作品世界は驚嘆の連続だ。「書を越えた書」という月並みな言葉があるが、それもまさに佐藤の作品のために用意されたものだったかも知れない。 |
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