■「痛みから欲望へ」アルマンド・チョン
ホセ・フォルスの最近の作品には新しく創造性を追及した手法が見られる。常に固定することなく鋭い観察力を持って、ホセははっと驚くような、今まで私たちが慣れ親しんだものとは全く違った作風を見せてくれている。それはすでに近年の作品に要素が含まれていたし、とりわけ二部作・三部作のシリーズで試みていた、具象的なモティーフを中心に描きながら抽象的な表現を組み合わせることによって提唱していた彼の美学的試みによく表れていたと言えよう。
今回の展覧会でホセは自身を再構築し、彼の表現技術と美的感覚の広がりが無限大であることを証明している。緻密な具象表現から離れ、直感的に自由で大胆な線を用い、今までの写実主義的な技術から、原始的な力強さを持ち合わせた素直で直接的な線画・デッサンを試みている。
彼は即興演奏をするミュージシャンのように、生身のモデルを観察しつつ、その肉体から受ける直感をカンバスや紙に描きとめる。以前私たちは人間の身体の最も細部までを描かなければ、という半ば脅迫観念に駆られたかのような、完璧な解剖学者であるかのごときホセの目を通した作品に慣れ親しんでいたものである。
ブニュエルは「芸術家は後に捨てることができるように、最初に技術を覚えなければならない」と言い残している。ホセの近作を描写するのにこれ以上ふさわしい表現はないであろう。以前のコンセプチュアルな認識評価から、今は物事本来の本質に専心することによって、身体は理論的な言葉での表現を超えた独自の表現方法を持つこと、すなわち言葉では言い表せないこと、身体のすべては直観で表すべきものであり、本能的に生を認識し、その機能はまさに自然界の中で生物として生き残るために肉体に備わっているものであることを言わんとしているのである。
今ホセは、肉体は存在と同じくらい不完全なものであるという。しかし肉体の強さはその本性とエロティックな魅力とで抑制できない表現から発散されており、人の視線や意思をきまぐれに酷使する力をも持っているのだ。
私たちは目に見える物を欲する。そして今私たちが目にする彼の最新作には肉体のすべての権限を備えた美しい、それでいて不完全な身体が描かれている。つまり私たちが見慣れていた彼の心理的・存在論的な肖像画ではなく、現在彼がある匿名性を持った肉体を描こうとしていることは単なる思い付きや偶然ではないのである。
ホセ・フォルスの新作に表現されているのは解放であり、自由である。それは一人の人間として、また芸術家として今まで足枷となっていた幻影や恐怖からの解放である。今、彼は抑制から解き放たれた表現方法に出会い、その描線、絵筆のタッチを変え、ますます造形的なスタイルを見出したのである。先入観にとらわれず、情感に富んだ表現をさらに追及しながら…。
ホセは言う、人生は迷宮であり、そこでは肉体は伝達手段でありそれに乗って感覚を介し我々を閉じ込める永遠の虚空間で我々を導く光を探すのである。
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