Sandra RAMOS

文・マーク サンダース(Marc Sanders)
Curator's Egg 2001年10月号より


サンドララモスは、1980年代末から1990年代初期にかけて、ハバナの最高芸術院(Instituto Superior de Arte-ISA)で学んだ。1970年代末に文化省によって設立されたISAは、ロシア人教師の影響の強かった国立芸術学校(National School of Art)に対抗して、キューバ人アーティストが運営する美術学校だった。したがって、そこで提供される教育は、とりわけキューバ的視野を持っており、考え方も比較的自由だった。1980年代半ばの「キューバのルネサンス」として知られている時期に、ISAも進歩的で批判的なアーティストたちの温床となった。そのほとんどは1980年代末、政府の検閲が厳しくなったため、キューバを離れるここを余儀なくされた。その大脱出以降の年に卒業したラモスや彼女の世代のアーティストの多くにとって、革命政府の気難しい感性をかわしつつ、自由で、思考を刺激するような美意識を生み出せるような芸術実践を創造することが課題となった。
 
ラモスがこれを成し遂げた一つの方法は、キューバ人と彼らの島に対する愛着との混乱した関係に焦点を合わせた一連の作品とすることだった。1993年の「我々を取り巻く海といういまいましい環境」(The Damned Circumstances of the Water Around Us)(1)という題名の初期のエッチングで、ラモスは彼女自身の姿をキューバの地形のイメージに組み込ませている。仰向けに寝そべり、両腕を無造作に頭の後ろに組んだ姿で描かれている彼女は、理想化された楽園の島の表現の中にいる不思議の国のアリスのように見える。椰子の木と1本の灯台が彼女の横たわった身体から飛び出している。彼女はキューバの化身となった。キューバにとって海は保護し、人を寄せつけない障壁の役割を果たすが、この題名が示唆するように、彼女や彼女が象徴している国の孤立は偽りの恩恵かもしれない。

「液体とは私にとって主に信念のシンボルである。信念、運命。死と誕生のシンボル……人は液体から生まれ、死ぬときは身体の液体が失われる。それは生命のサイクルの暗喩である。私にとってはキューバで起こったことすべてのシンボルであるとも思う。水ですべてが説明できる。私は実証的手段として液体のシンボルを使う場合もあるが、他のことを象徴している場合もある」。1993年の「私は山」(I am a Mountain)(2)という題名のエッチングでは、同じラモスの姿が大地の女神に扮装して現れる。色とりどりの星が彼女の頭上の夜空で爆発している。「人生で人の身に起こることはすべて、それに匹敵することが自然の中で発見できると私は考えている」と彼女は説明する。「私はこのちいさな島国で生きるとはどういうことかを最もよく具現しているこれらの自然のシンボルを通して、キューバ文化が主流から取り残されたことを示そうとしている」。

上記の二つの作品の中で、ラモスは自分自身をまるで夢の中にいるかのように描いている。彼女の作品を理解する鍵は、彼女がキューバの人々の幻想、そして彼らのユートピア社会に対する理解あるいは信念をあらわに見せる手法である。「キューバでは皆、ユートピア的未来を一様に信じて育ってきた。学校で常に私たちは、自分たちにとっても他の人々にとってもよりよい生活を期待するように教えられた。得に1980年代と1990年代のキューバの移民危機に関して言えば、人々が島を離れる決心をした理由において、ユートピア的未来への信念が中心的役割を果たしていると思う。この信念はまた愚直あるいは無知にも根ざしている。後の1997年の「水槽」(Aquariums)(3)と題されたシリーズでは、ラモスは人形あるいは巨大な赤ん坊と魚の融合などシュルレアリストの図像の記号や表象を組み込んでいるが、それは海で命を失ったキューバ人たちを指している。「私は移住民を扱った作品から、死人、海で死んだ人たちのテーマに取り組み始めた。海は常に生と死を象徴しており、これらの彫刻は海に沈んだ都市を意味している。フィデルはしばしば言明している。『アメリカがこの島を乗っ取り、我われが革命の裏切り者になるくらいなら、キューバが海の底に沈み、我われが皆一緒に溺れてしまう方がましだ』と。個人的に私はキューバがもう長い間、隠喩的沈没をしていると思う。すでにたくさんの人々が海を渡ってフロリダへ行こうとして死んでいった。死ななくても溺れるというのがどういうことか感じることはできる。我われキューバ人は日々溺れていくような気がしている」。
 

初期の三部作、1994年の「新しいイデオロギー」(The New Ideology)(4)で、ラモスは革命に内在する矛盾について考察した。そこでは防衛と勉学が兵士と女学生の図像によって象徴されており、彼らの頭がそれぞれお金とスーツケースに置き換えられている。この絵の登場人物たちは曖昧なままであるが、キューバ市民の私的生活ヘのエッチングシリーズでは、このアーティストはキューバにおけるドル経済の影響を考察している。「私が最初にドルのシリーズをつくったのは1980年代末から1993年のことで、すべて観光事業とキューバ経済におけるドルの影響に関するものだった。それらは観光客がキューバで見いだす楽園の雰囲気、そしてキューバ人と外国人の期待の違いに関するものだった。私が1997年に作り始めた最も最近のドルシリーズは、以前の作品を継続したものであったが、今回私は歴史的テーマ、キューバとアメリカとの過去、そしてキューバとドル経済との関係に焦点を当てた。この結婚はどこに由来するのか?それぞれのプリントはキューバの過去とアメリカドルとの関係史のようなものだ」。
 

1990年代初期のアメリカの経済封鎖と経済危機ヘの反動として、1993年にカストロ大統領によって導入されたドル経済は、キューバ社会主義の中心に2種類の通貨からなるシステムを作り出した。ドルを反動的な資本主義勢力の兆候と見なす過去の政策を逆転させ、キューバは突如として、何十年間も国家の敵として糾弾してきた国の通過に依存するという、居心地の悪い立場に身を置くことになった。ラモスはそのドルシリーズ(5)のなかで、キューバ革命以前の時代の有名な政治漫画のキャラクター、ラボリオ(Laborio)とエルボボ(El Bobo)を使って、アメリカドル札の表側についているジョージ・ワシントンの画像と並置している。彼らは即座に認識できるアイコン、あるいは手がかりの役割を果たしており、彼女の作品中にそれを読み取ることができる。ラボリオは20世紀初頭の人気政治漫画キャラクターで、アメリカのキューバ介入に反対するレジスタンスのシンボルだった。彼は初めてドルがいかにキューバ経済を支配し、キューバの富みを奪っているかを示した人物だった。1世紀が過ぎ、キューバはドルが神として君臨する場所で、また同じ利益の衝突に直面している。「これらのキャラクターについて大切な点は、キューバの歴史を通して、政府はずっとドル経済に愛着をもってきたということを彼らが示していることだと思う。革命の間ずっと、ドルを所有することは違法だった。私たちはアメリカとドル経済は間違っていると教えられた。ところが政府がドルに頼らなければならなくなったら、彼らは過去なんて気にしない。この状況は全く矛盾している」。
 

ラモスは自分自身の姿をキューバの風景、あるいはドルシリーズに溶け込ませるのと同じ方法で、自分の肖像をキューバ革命の社会的、文化的文脈に組み込む。「私は古いプリントのようなポートレートを使い、自分自身の構成を組み合わせる。私はこのポートレートとその上に並べられた色々な種類のイメージとの間に生まれるコントラストの強さが好きだ。それはこの世界におけるあなたの居場所に疑問を呈している。物事はあなたの思い通りにはいかないものだ。あなたは自分の将来をコントロールできない」。キューバ国旗のような愛国的シンボルと一緒に組み合わされ、並置されたラモスの芸術は、キューバ象徴主義の地を、明らかなヒューマニスト的切り口で突き進んでいく。「私はいつも人間の感性を扱った作品をつくろうと試みてきた。時々人に私の芸術が非常に愛国主義的だといわれるが、実は非常に人間的なのである。私が国やキューバ文化のシンボルを使うのは、愛国心を示す手段としてではなく、普通の、個々の人々の身に何かが起こっているかを示すためなのである」。
 

その目的は、ビデオとインスタレーションを利用した彼女の最近の作品でも遂行されている。人々のよりよいものを見つけたいというニーズや欲望の理解を通して人生を眺めつつ、ラモスはキューバの人々のもつ別の信念だけでなく、西洋世界という偽りの楽園をも暴露する。彼女のロンドンのインスタレーション「悲しみを沈める機械」(The Machine of Drowning Sorrows,1999年)(6)で、アルコールは精神的に自分の外に旅することのできる媒体となっている。渦巻くビールで満たされた装置を作り、西洋人たちはこの催眠術のような彼らの夢の渦巻きを見つめるよう促される。ちょうどキューバ人たちが海を眺めて海の向うのユートピアの空想に逃げ込むように。ロンドンの街で完成された「ダイバーたち」(The Divers)(7)では、現代の消費文化の残骸の中に身を沈めることの暗喩が、ごみをあさるホームレスの女性のビデオフィルムの断片の中で起こっている。ギャラリーに置かれた実際のごみ箱で再生され、人は人生の貴重な宝物を見つけるために、消費者の楽園の廃棄物の中に飛び込まなければならない。
 

我われの日常生活に浸透し、充満しているそういったもう一つの現実によって、ラモスは西洋人あるいはキューバ人の、異なった存在の状況を探究することが可能になる。2000年ハバナビエンナーレに出品された、彼女の最も最近のインスタレーションは、以前は国によって廃止されていたキューバの宗教的祭り、聖ラザロ祭のドキュメンタリーで、欲望や信念がいかに人間の基本的特製であり続けるかを示している。「この主の催しがキューバ社会の中で行われ続けているのは興味深いと思う。それはたった一つだけのやり方というものはないのであり、人々が異なる形で自己表現できることを示している。ユートピア的現実をつくり出すために努力することはできるが、結局人々は彼らが理解し、あるいは信じる現実へと戻っていくだろう。みんな同じではないのだから」。
 

要するにラモスの芸術は、革命のイデオロギー的再編成に異議を唱え、定量化可能なキューバのアイデンティティを探し求めているのだ。ただしその探究は達成不可能ではあるが。「不思議なのだが、私はキューバの民族性が存在すると思っているが、それが何を意味するか定義するのは不可能である。多くの人々にとって、キューバの民族性とはアフリカ系キューバ人文化か古代のキューバの宗教サンテリアである。キューバはこの島に愛着をもつ人それぞれにとって、異なった存在なのだ」。

マーク・サンダース(Mark Sanders)
イギリスの人気雑誌『DAZED & CONFUSED』の1994年の創刊メンバーであり、ビジュアル・アートの記事編集に携わる。1995年にはロンドンにデイズド・アンド・コンフュースド・ギャラリーを開き、ザ・ギンザアートスペースで行われた「DAZED & CONFUSED」展(1998年)、「チャップマン兄弟のお受験」展(1999年)など数々の展覧会を企画。その他にも、チャップマン兄弟や、1998年にビル・ゲイツにパイを投げつけたノエル・ゴディンについてのショート・フィルムを監督。現在は、ファイドン・プレス社の現代文化担当コミッショニング・エディター、今年9月にNYで創刊した『アナザー・マガジン』のシニア・エディターを務める。最近企画しているアート・プロジェクトは、ダミアン・ハースト、マウリツィオ・カテラン、チャップマン兄弟を含む8人のアーティストにコミッションでチェスのセットをデザインしてもらうというもの。それらは来年末にロンドンで発表される予定。

『Curator's Egg』では、毎号一人のキュレーターがテーマとアーティストを選びます。キュレーターとアーティストたちの生の声を、作品とともに紹介します。アーティストの文章は、キュレーターがインタビューしたものから構成しました。
2001年10月25日発行/『Curator's Egg』(キュレーターズ・エッグ)2号/発行人 高辻ひろみ/編集人 西村彰/編集 豊田佳子/アートディレクター 中條正義/編集・発行 M資生堂 企業文化部 〒104-8010東京都中央区銀座7-5-5 Tel 03-3289-8204/発売 M求龍堂 〒102-0094東京都千代田区紀尾井町3-23文藝春秋新館7階 Tel03-3239-3381/定価525円(本体500円)

 

 

(1) 「我々を取り巻く海といういまいましい環境」
(The Damned Circumstances of the Water Around Us)1993



(2) 「私は山」(I am a Mountain)1993




(3) 「水槽」(Aquariums)1997

(4) 「新しいイデオロギー」(The New Ideology)1994


(5) 「ドルシリーズ」The fascination of Liborio,from the Dollar Series.1997

(6) 「悲しみを沈める機械」
(The Machine of Drowning Sorrows)1999



(7) 「ダイバーたち」(The Divers)