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Gustavo Velez グスタヴォ・ヴェレス
彫刻の世界的聖地でコロンビア人彫刻家が展覧会を開催

『LA REPUBLICA』より 2013.7.10付

ボゴター  イタリア・トスカーナ地方の北部海岸線沿いにピエトラサンタはある。ここは最高の彫刻家を夢見る者なら一度は行かなくてはならない場所だ。

15世紀、ミケランジェロが地元の石を使って作品を作ったという話で有名な、カッラーラの大理石採石所の近くにある。ここはコロンビアの素晴らしい彫刻家、グスタボ・ベレスが17歳の時から仕事場として拠点を置いた場所である。

芸術家は、10月5日から12月8にかけてピサのドゥオモ広場と、美術館として使われている聖アグスティーノ教会で開催される自らの個展について、本紙に熱心に語ってくれた。ここで個展が開くには特権が必要で、昨年のフェルナンド・ボテロが成し遂げたのと、他では数少ないチャンスをポーランドの有名な彫刻家イゴール・ミトライが獲得したのみである。

この展覧会についての招待はどのように届いたのですか?
ーあるスタジオが毎年、ヨーロッパのギャラリーや美術館のキュレーター達によって都市化団体をこの地に形成し、その年のアーティストを選ぶのですが、それに私が選ばれてから2年後に知りました。

10月の個展に出品される作品はどのような特徴がありますか?
ー自分の作品から32作品を選んで出品します。垂直の作品ですね。今までで最も背の高い作品ばかりの展示会になりそうです。また、世界でも最高峰の技術を誇るここの鋳造所で制作した銅製の作品や、メデジンから持ってきた、熟達した技術により酸化しない鋼鉄を使った作品なども出品します。

今までにお会いになった芸術家の中で、どなたが最も好きですか?
ージュリアーノ・ヴァンジというイタリアの彫刻家です。というのも、彼の作品はとても解き放たれ、技術的に大変面白いからです。そして大理石なんかは具象の形をしながら抽象へと移行しています。

この名声について、あなたにとって、もしくは国の芸術にとってどんなことが重要だったと思いますか?
ー私の場合、自分のキャリアの中で展覧会が最も重要です。というのも、ピエトラサンタは彫刻家であれば誰でも抱く夢の地なのです。また、この分野を誰よりもよく知るキュレーター達の元にいられることも名誉ですね。

コロンビア国内の芸術について、そしてコロンビアの次世代アーティストの変遷をどうご覧になりますか?
ーだんだん強い立場になっていると思います。というのも、新しい芸術家達はいろいろよく研究していますし、私も今までしてきましたが、彼らは多大な努力を重ねているからです。

作品の素材としてなぜ大理石を特に好まれているのでしょうか?また、あのなめらかな曲線はどのように手に入れたのですか?
ー大理石を使ってみたとき、すぐにこれだと思いました。そんなことは他の素材では起こらなかったのです。石を実際に彫ってみて、透明感や動きを出さなくてはならない、そう感じたのです。直接彫ることが本当の彫刻です。

欠かしてはならない道具は何ですか?
ーチゼルです。しかし、私が初めてピエトラサンタに来てから大切に保管している丸鑿(まるのみ)にも特別な注意を払っています。大理石を彫る初段階でよく使う道具です。最初の荒削り、それからその後に他の道具と一緒に使って細部を彫る時に使います。

なぜ抽象派を選ぶことにしたのですか?そして、作品の中で何を表現しているのでしょうか?
ー芸術作品を制作する過程で大きな変遷を遂げてきたとしか言いようがありません。なぜなら、2002年まで私は馬や人間をモチーフに制作していました。現在のように100% 抽象化した形をとるまで、少しずつ抽象化していったのです。一方、私の作品には自由というテーマがあり、空間の中で無限に広がる線や調和のとれた形を通して自由を表現しています。
 


フェルナンド・ボテロに続く彫刻家


『EL TIEMPO』より 2013.6.9付

フェルナンド・ボテロに続く彫刻家、37歳になるグスタヴォ・ベレスは、今年予定しているピエトラサンタでの展覧会で、最も若い世界的アーティストとして変貌を遂げるだろう

ヨーロッパ芸術の都とされるピエトラサンタ(イタリア)で展覧会を予定し、近い将来世界的なアーティストになると期待される若いコロンビア人彫刻家、グスタヴォ・ベレスが彼の故郷に帰ってきた。
アンティオキア県南西部、フレドニア市の中心部から10分圏内にあるラ・コンセントラシオン通りでベレスは軍隊の一行を迎え入れたあと、一行は馬だけが通れる泥や粘土だらけの道なき道を、彼を賞賛するために100人の子供達が待つホセマリア・オバンド学校へと導いた。
そこは山の頂上付近の緑で覆われた場所で、部屋の窓からベレスはその道を見ると、彼の精神は一気に14歳当時に飛んでしまった。
「僕は自分の作品をつくるためにあの粘土をかき集めていたんだよ」。わずか37歳ですでに世界の美術史で歩き始め、ポスト・フェルナンド・ボテロと評される彫刻家を前にしているとはまだ理解しない子供達の前で彼はそう語った。
幼いころの作品の断片のいくつかや思い出はいまだに残っている。しかし今になり、10月5日にピサのドゥオモ広場とピエトラサンタの聖アグスティーノ教会で開く展覧会の中で、大理石や銅、鋼鉄で作る中型サイズの37のモニュメント彫刻作品のうち、ひとつを昔の作品から選び展示しようと思い立った。世界芸術の都にあり、年に一人しか個展を開くことのできないこの広場まで、彫刻史上最も若きアーティスト、ベレスは出向く予定だ。もう一人のコロンビア人彫刻家、ボテロもそれを成し遂げた。一度目は2000年、67歳のときで二度目は2012年、80歳の時だ。
「僕は幼いころから手を使う色粘土工作にとても興味があったんだ。ー鋼鉄で作品を制作しているメデジンのアトリエでベレスは思い出すように語った。ー私の父はいつも金物製造業や発明の仕事をしていた。彼から本当に多くのことを学んだよ。」


フレドニアからピエトラサンタまで

彼は幼少期、つまり学校時代に具象主義を目指し始めた。山々やコーヒー畑が連なる中で育った彼にとって最も身近なものは馬であった。その頃から培われた芸術への嗜好が元となり、彼はメデジンに移住するに至った。
芸術学院で学び、その後フィレンツェ(イタリア)のロレンツォ・ディ・メディツィアカデミーにて彫刻と美術史を専攻し卒業。そしてピエトラサンタのアトリエで修練を積んだ。そこで彼は複数の芸術家と知り合いになり、その中にボテロがいたのだ。そして二人は親交を深めた。
その過程の中で、馬の粘土像や人間の上半身は無限の世界を表す抽象的なラインを形成しながら進化していった。
ある大理石作品を制作し認められた時期から、ベレスはピエトラサンタ近くのカッラーラの素材を用いるようになった。芸術家ミケランジェロも16世紀の自身の作品に用いている。
「ベレスは、モビールなことや決められた定点の中でも無限の世界が自由自在に広がっていく可能性を表現している」とピエトラサンタ市の文化ディレクター、バレンティーナ・フォゲールは説明する。
その特徴のひとつに大理石の中に透明度を発見したことである。まだ世界のほとんどの芸術家が完璧には到達していない技術だ。というのは、素材を破壊の瞬間にまで近づけさせてしまうからだ。つまり、切り離された大理石の一片だけでこの芸術家の抽象作品になってしまうのだ。
さて、ピエトラサンタでの展覧会の後、ベレスはボテロがしたのと同じく、歩を進める準備にとりかからなくてはならない。つまり、モニュメント作品を制作し世界のパブリックな場所で展示するのだ。


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