すべてが混じりあった国キューバならではの作家たち
文・正木 基(目黒区美術館学芸員)
Nikkei Art 1998年7月号より
ムラータ(白人と黒人の混血女性)がきれいなのに驚かされ、ムラート(白人と黒人の混血男性)が美しいのにため息が出る。さまざまな音楽が混ざり合ったサルサのリズムが男と女を燃え上がらせ、ラム酒が体をほてらせる。熱い熱いキューバ。そんなキューバが今、日本で人気なのは、CDショップでの3倍にも4倍にも広がったキューバ音楽のコーナーを見れば明らかだ。が、その複雑な歴史は案外知られていない。
1493年、キューバにコロンブスが到着して以降、スペイン人はインディオを全滅させていった。移住した彼らは、労働力としてアフリカから奴隷を輸入し、奴隷制廃止後は中国、アラブなどから苦力(クーリー)を移住させる。幾多の人種がさまざまな文化を持ち込み、さらに、500年にわたり、異人種間の血が混淆することになる。それは文化も同様で、奴隷制度のもと禁じられた(奴隷が持ち込めたただ一つのもの)も、キリスト教文化に習合することで、その命脈を保ってきた。20世紀初頭からのアメリカ植民地的支配、その体制を打破した1959年のキューバ革命とその後のソ連・東欧社会主義諸国への接近、社会主義化という世界史的な歴史からの影響も、政治のみならず、美術においても無視できない。
混じりあう血
アルマンド・マリーニョ(1)という作家の作品では、西欧の絵画におけるブランコ(白人)とネグロ黒人の立場がよく入れ替わる。「どこに私の肖像画をおく?」では、美術館には盛装した西欧人に代わって、上半身裸のネグロの少年が作品の前に立つ。タイトルは、少年が、前の壁面に自らの肖像画をかけたがっていることを示唆する。が、そこには西欧の身分の高い人々の肖像画がギッシリと埋め付くし、少年の作品をかけるスキマはない。西欧の美術の制度は、このような肖像画として、ネグロを描くことを拒否し、ただ、遠く離れた世界への好奇のまなざしとして描くだけなのだ。マリーニョは、ムラート(混血)であるがゆえに、好奇で見られる立場のアフリカを見る側へ、そして見る立場の西欧を見られる側へと入れ替えて描く。これは、アフリカも西欧と同じまなざしを持ち得ること、それゆえ西欧的な美術のまなざしの制度を相対化することを意図しているに違いない。
このようなマリーニョの制作の背景には、キューバ革命後、カストロ政権のアフリカ文化の積極的な見直し、アフロ・キューバ文化の推進あってのことである。この動向は革命前、中国系ネグロの画家ウィフレド・ラムによって始まった。ラムは、キュビズムやシュルレアリスムの影響を受けつつ、キューバの風土の中の黒人性を、色彩や造形で作品にアイデンティファイしようとした。
それを、アフリカ神話の精霊世界を描くマヌエル・メンディペ、キューバに定着したアフリカ宗教の神話に想を得て、自らの精神世界のルーツを追求しているネルソン・ドミンゲスらが引き継ぐことになる。チョコが描くキューバの自然の中で働く人々のおおらかな生活模様、ベルキス・アヨンによるアフリカからの宗教のうち、男性だけの秘密結社アバクアの神話への女性の立場からのアプローチ、そしてサンチャゴ・ロドリゲスが創造する、アフリカからの宗教サンテリーアの信仰生活の中での現代のイコノグラフィーは、その展開として見られるだろう。
もちろん、人種の血は、アフリカだけではない。中国の血を引いた作家フローラ・フォン(2)は、漢字の象形性とカリブの明るい色彩を組み合わせた風景画などで自らをアイデンティファイしているし、サイダ・デル・リオ(3)のように人種に関係なく、キューバのアフリカ宗教の神たちを画面を埋め尽くすような自然の中に自在な線描で輪郭づけ、キューバ女性としての存在を仮託するものもいる。が、いずれ、彼らは、西欧的な語法も無視することなく、アフリカ的、ラテンアメリカ的なものも融合させた新たな造形言語を創り、キューバ固有の美術を生み出そうとしてきた。
醒めたユーモア
キューバ美術は、社会主義の継続と無関係にはなりえない。が、それは社会主義リアリズムのような、表現のコントロールの問題ではない。
例えば、ラサロ・サアベトラの「イデオロギー計測器」(1989)(4)。これは、キューバに社会主義批判(!)の作品が流行しはじめた時、画廊に展示された作品の社会主義度を計測するために、サアベトラが発明したという冗談めかした作品である。この作品は非社会主義圏からは社会主義への揶揄に、社会主義国圏からは社会主義意識の希薄化への警告のためと受け取られるよう発明されたものだった。ここには、サアベトラの社会主義にも、社会主義批判にも醒めたまなざしと共に、キューバ美術の伝統的な表現手段となっているユーモアがある。この醒めたユーモアは、多くのキューバ国民の政治への姿勢と言えるかもしれない。
同様なまなざしは、キューバで人気の高い日本製カメラを持ったカストロを描いたホセ・アルへン・トイラック「Canon」(5)、カストロが結婚してハバナ市内を新婚旅行する場面を木彫りと絵画の組み合わせで表現したフェルナンド・ロドリゲス「フランシスコの夢」(6)、英雄ゲバラの顔の中にさまざまな人々の生活を描き込んだウィリアム・エルナンデス・シルバの「シリーズ:民衆の顔と像2」(7)、そしてアメリカ文化が混?した奇妙なキューバ社会を風刺するペドロ・アルバレスの「歴史の終末」(8)などに共通するものである。これらに、かすかではあれ政治批判がかいま見えるのは、これまでのソ連型の社会主義と比べるならば、はるかに自由な表現であり、キューバ固有の批判精神の発露となっていないだろうか。
色とりどりの作家たち
キューバ島は、周囲をメキシコ湾、カリブ海、大西洋に囲まれている。キューバの現在にいたる歴史に、この海域は大いに関係し続けた。
マヌエル・ピーニャの写真作品「無題」(9)は、ハバナのマレコン通りの防水堤を写したもの。防水堤の海の向こう、わずか180キロ先は、アメリカのフロリダである。が、トネル(10)のインスタレーションが示すように、その海域はさまざまなもの事を「封鎖」している。サンドラ・ラモスの「悪夢」(11)の赤子のように、この海域では、キューバはふところに抱かれた赤子のように手も足もでない存在なのかもしれない。
とはいえ、逆に至近距離であることで、アビエーラ・ゲッラの「アメリカの夢」(12)に見られるように、アメリカの繁栄が、キューバ全島のアメリカ化ないしはアメリカ資本のキューバ支配という形で覆い尽くさないとも限らない。また、いかに至近距離とはいっても、カチョー(13)の貧弱な船群で渡航するような難民行為では、命を賭けるものになってしまう。タニア・ブルゲーラ(14)がパフォーマンスやインスタレーションで、島の生活を捨てて、わずかな荷物で海域を越える移民の苦悩を表出するように、この海域は、500年にわたり、何かとキューバに立ち塞がった。手を伸ばせば届きそうな先にアメリカがあるにもかかわらず、この島にとどまることの意味はキューバ人にとって大きい。
キューバ現代美術に、しばしばクロコダイル形のキューバ島が現われるのは、キューバ人が、この島と海域が生み出した歴史--海域の隔てによって混?としての人種や文化を作りだ出したことを熟知しているからだ。そこに込められた自負は計り知れなく大きい。アベル・バロッソは、「キューバ美術の通過法則」(15)で、一度は国外に出てキューバに戻った作家の名前を刻んだブーメラン型の木版で、キューバ島を形造る。このように、外の文化を受け入れてキューバ美術が成り立っていることを示しているのも、やはり自負からである。
近年、キューバ美術の海外での評価は高い。アメリカばかりでなく、メキシコ、ドイツ、スペイン、フランス、ヴェネズエラなど多くの国々で展覧会が催されている。レネ・フランシスコとエドワルドポンファン(16)は、1994年にドイツのアーヘンにあるルートヴィヒ・フォーラムでアーティスト・イン・レジデンスを行った際、ここのディレクターであるヴォルフガング・ベッカーを描いた。その作品の背景のドイツ国旗、キューバ国旗、スペイン国旗、アメリカ国旗はキューバ美術と西欧との歴史的関係性を表しており、なかでもドイツ国内外に幾つもの美術館を持つルードヴィヒ財団が、近年のキューバ美術の支援者としてもっとも大きな存在となっていることを示している。
キューバが、西欧的な価値観に基づく文化をおざなりにしているわけではない。なぜならば、インディオ撲滅後のキューバ人は、スペインの血を継承する者が多数を占めていたからだ。聖ゲオルギオスを主題とするアンヘル・ラミレス(17)、ギリシャ神話などに想を求めるルーベン・アルピサール(18)、自らを写した写真と西欧神話を思わせるポーズの自画像との組み合わせに美を立ち上がらせるアイメー・ガルシア(19)、レネ・フランチェスコと共にロシア・アヴァンギャルドの造形を取り入れるエドワルド・ポンファン(20)、カリブの熱い陽光下の建築を幾何学的形態に還元するエドワルド・ルーベン(21)、そしてキューバには少ないニュー、ペインティング的表現で、キューバ社会への批評を含む作品で、美術史的現在と社会的現在双方への関心を視覚化するアグスティン・ベハラーノ(22)等々。美術の表現は多様である。が、いずれの作品も彼らの歴史と生活からのまなざしをしっかり切り結んでいる。政治・経済的には極めて困難な状況にある国にもかかわらず、作品を制作することが、先行きの見えない世界を切り開き得るという幸福な美術がキューバにはある。
6月から、日本で初めてキューバ現代美術の輪郭を紹介する展覧会が始まる。キューバは、はまるとけっこう深い。特筆すべきは、この展覧会がキューバにはまった人々のボランティア的な協力で運営されることだ。そんなキューバの魅力を知るひとつの機会になれば、と願っている。
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(1) アルマンド・マリーニョ
「どこに私の肖像画をおく?」1996
(2) フローラ・フォン「果実」1997

(3) サイダ・デル・リオ
「ジェマジャ(海の神)」1997
(4) ラサロ・サアベトラの
「イデオロギー計測器」1989

(5) ホセ・アルへン・トイラック
「Canon」1995
(6) フェルナンド・ロドリゲス
「フランシスコの夢」から1994
(7) ウィリアム・エルナンデス・シルバ
「シリーズ:民衆の顔と像2」1997
(8) ペドロ・アルバレス
「歴史の終末」1994

(9) マヌエル・ピーニャ
「無題」1993-96
(10) トネル
「封鎖」1991
( 11) サンドラ・ラモス
「悪夢」
(12) アビエーラ・ゲッラの
「アメリカの夢」
(13) カチョー1996

(14) タニア・ブルゲーラ
パフォーマンス
(15) アベル・バロッソ
(16) レネ・フランシスコとエドワルドポンファン 1994
(17) アンヘル・ラミレス 1996
(18) ルーベン・アルピサール
「ペネロープ」1997

(19) アイメー・ガルシア 1997

(20) エドワルド・ポンファン 1997
(21)エドワルド・ルーベン 1994
(22) アグスティン・ベハラーノ
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